東北旅行(4)

三日目は猊鼻渓と中尊寺です。

午前中は猊鼻渓で舟下りをしました。猊鼻というのは獅子の鼻という意味だと聞きました。舟下りといっても出発点と到着点は同じで緩やかな浅い川を船頭さんの猊鼻追分をのんびり聞きながら往復するのです。お盆前に大雨がふり、川底に砂が積もり浅くなったのでパワーショベルで工事中でした。それで通常の上流地点までは行けなかったようです。でも、高さ50メートルを超える石灰岩の岸壁が連続して、見事な渓谷が見れました。船頭さんの喉の調子がイマイチで追分の調子が外れがちで笑いました。フジの弦が大きな岩に垂れ下がっていて、花の時期には綺麗なんだろうと思いました。

猊鼻渓1

猊鼻渓2

中尊寺は今回の旅行のメインイベントでした。私は大学時代にスキーツアーの帰りに来たことがあったのですが、短時間だったのでよく覚えていません。今回は参道に並ぶ お社をゆっくり参拝しながら見学です。比叡山延暦寺の高僧、慈覚大師が開き奥州藤原氏の初代清衡が造営しました。世界遺産でもありますが、平安時代の藤原氏の栄華はいかばかりかと驚きました。 黄金堂もゆっくり見て楽しかったです。

中尊寺は源義経が兄の頼朝に攻められ、弁慶が立ち往生し、ついに義経も自決させられた場所としても有名です。返す刀で頼朝は義経を匿った咎で藤原氏も滅亡に追い込みます。日本史上の最高のヒーローであった悲劇の武者の義経は判官贔屓という言葉を残し滅亡するのです。バリ島に住む、友人の作家が、歴史上、革命で活躍した軍人や武将は、政治の安定化には不要なので抹殺されると言っていました。彼は、ロシア革命のトロツキーや明治維新の西郷隆盛のことを言っていたのですが、私は義経もそうだったのだろうと思いました。

姫は、表装で使う散華(さんげ)を求めてあちこちの札所に聞いていましたが、気に入ったものが見つからなかったようです。散華は仏を供養するため花や葉を撒き散らすため、元来、蓮などの生花が使われていましたが、現在は蓮の形を模った色紙で代用することが多いものです。 この日は、中尊寺から少し北に上がった薬師堂温泉という所に泊まりました。温泉と入っても たくさん旅館があるわけではなく、一軒の旅館だけの温泉でした。

中尊寺1

中尊寺2鐘楼

中尊寺3ルピナス

中尊寺4オニユリ

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~ by kazuhiro : 2013/08/20.

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